鷲子山上神社(とりこのさんしょうじんじゃ)は、栃木県(馬頭町)と茨城県(常陸大宮市)の県境に位置し、標高470メートルの山頂にあります。 緑深い木々に覆われ、四季それぞれの自然美をたたえています。
神社の創建は、大同2年(807)。大蔵坊宝珠上人が諸国遍歴中に四国の阿波国(徳島県)に立ち寄り、製紙業が盛んであることを知り、紙漉きの技術と共に守護神である天日鷲命(あめのひわしのみこと)を勧請し、鷲子山に社殿を建立したといわれます。
その後、大巳貴命(国土経営・健康開運の神)や、小彦名命(産業・医薬・酒造の神)がまつられました。
鎌倉時代末期になると、当地方は下野国中央部を勢力圏とした宇都宮氏支族の武茂氏が統治していました。神社はかつて朝日嶽と呼ばれる地にありましたが、火災で焼失し、天文21年(1552)現在地に再建したと伝えられています。
現在は、栃木県、茨城県の指定文化財となっています。
この大鳥居は鷲子山上神社鎮座1200年記念事業として、平成19年に再建されました。
 

現存する本殿は、天明8年(1788)に再建されたもので、
三間社流造の銅板葦で千木・堅魚木を配し、向拝を付している。

典型的な江戸中期の作とされ、あらゆる個所に彫刻・彩色が施されています。

本殿柱や、頭貫の彫刻構成と装飾の豊かさは、類例をみない
奇抜な手法であり、社殿の彫刻の流れを知る上で貴重な遺構です。
  山には、樹齢1000年位の杉を始めとして老樹大木がうっそうと生い茂っています。

*千年杉
 直径:2m20cm
 周囲:約7m
楼門(随神門・安養閣)と言う
文化12年(1815)年建立。

「安養閣」の文字は、権大納言重嗣の筆による。

門には、右大臣、左大臣、
仁王様の像が坐する。

 

 
伏見稲荷大社を勧請した。
御本社建設のためこの地に移した。
防災・芸能・五穀豊穣・商業の神として尊信される。

例祭:旧暦初午
氏子:大那地の人々
平成2年御殿正面のスロープ工事の際地中から出土。

明治時代の
神仏分離令により埋葬されていたものと判明。
   
 
   

    ◎黄門様ご休憩の間
  敷地内の伍智院は、江戸時代からの姿をそのまま残す神社のプライベート部分の建物です。
かつて、諸国漫遊をなさっていました水戸光圀公が、お立ち寄りになり、休憩をされた部屋が残されています。
『黄門様ご休憩の間』の拝観には、予約が必要です。鷲子山上神社お参りの際に前もってご連絡ください。
 
 
 鎮座1200年記念事業として整備された場所です。  

修理の済んだ弊殿

修理の済んだ 本殿玉垣

   
本殿蟇股彫刻雌雄梟
本殿に向かい左(雌)
本殿蟇股彫刻雌雄梟
本殿に向かい右(雄)